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仙台高等裁判所 昭和53年(ネ)181号 判決 1981年8月31日

控訴人

岡田和子

右訴訟代理人

岡村親宜

右訴訟復代理人

藤倉眞

被控訴人

天野裕子

被控訴人

吉田廣

右両名訴訟代理人

勅使河原安夫

阿部長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、第一次的に、

一  原判決を取消す。

二  控訴人と被控訴人らとの間において別紙目録(一)記載の土地が控訴人の所有であることを確認する。

三  被控訴人天野裕子は控訴人に対し、別紙目録(一)記載の土地につき昭和四四年二月一七日債務弁済を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

四  被控訴人吉田廣は控訴人に対し、別紙目録(三)記載の建物を収去して、同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ昭和四五年四月一日から右明渡まで、一か月五万円の割合による金員を支払え。

五  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

との判決並びに第四項につき仮執行の宣言を求め、

予備的に、

一  被控訴人天野裕子は控訴人に対し五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五四年一二月一一日から完済まで、年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は同被控訴人の負担とする。

との判決を求めた。

被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、左記のほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。但し、原判決五枚目裏九行目の「原告」を「吉三郎」と、七枚目裏一行目の「原告名義」を「吉三郎名義」と各訂正し、同丁表一行目「る。」の次に「仮に本件が譲渡担保であるとしても、特段の事由がない以上、その性格は帰属清算型のものと解すべきである(最判昭和四五年九月二四日)。」を、同九行目「意思表示は、」の次に「昭和三〇年五月一五日の弁済約定日を経過しても、弁済がなかつたので、吉田は間もなく工藤に対し特約による代物弁済予約完結の意思表示をなしたが更に」を、同丁裏三行目「(遅くても乙三号証によれば昭和三一年六月一一日以前)」の次に「更に同訴訟において吉田が、昭和三一年一月一六日付準備書面及び同月一八日付準備書面により本件不動産の所有権は既に確定的に吉田に帰属しているから、工藤の主張は理由がない旨主張した時点において、または、昭和三〇年一一月一六日吉田が工藤の代理本人広田静郎に対し「不動産は御約束に従つて、もう名義変更してしまいました」と返答した時点において、または吉田が工藤宛に昭和三一年九月二三日、同日時到達の催告状で本件不動産を第三者に譲渡するに付至急明渡を求める旨の意思表示をなした時点で、或は最も遅くとも昭和三六年一一月三〇日前訴が確定したとき」をそれぞれ加入する。

第一  控訴人の主張

一  前訴判決の既判力について

1  控訴人先代工藤蔵治(以下、工藤という。)は、前訴(仙台地方裁判所昭和三〇年(ワ)第五四三号、仙台高等裁判所昭和三一年(ネ)第五二四号、最高裁判所昭和三六年(ネ)第三三九号の訴訟)の控訴審において、「原判決を取消す。被控訴人吉田吉三郎(以下、吉田という。)は工藤に対し原判決別紙目録記載の不動産(本判決別紙目録記載(一)(二)の不動産を指す。以下、本件不動産という。)につき、仙台法務局昭和三〇年七月四日受付第六三〇〇号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。右請求が理由ないときは、吉田は工藤に対し二三〇万〇〇八三円の受領と引換に右不動産につき所有権移転登記手続をせよ。」との判決を求め、後者の請求原因として次のように主張した。

「本件貸金債務の支払は昭和三〇年一一月末日まで猶予されたのであるが、工藤は同月一四日右債務の弁済資金を準備した上吉田に対し口頭で本件貸金元利金の弁済の提供をしたところ、拒絶されたので、工藤はこれによつて右貸金債務の履行遅滞の責を免れたのであり、本件のような場合工藤においてその後言語上の提供をしなかつたとしても、依然履行遅滞の責任がない。従つて、仮に吉田主張の代物弁済の特約があり、これに基づいてなされた本件所有権移転登記が有効であるとしても、吉田は工藤から本件貸金元金二〇〇万円及びこれに対する昭和三〇年五月一六日から同年一一月一四日までの利息制限法所定の年三割の損害金三〇万〇〇八三円、合計二三〇万〇〇八三円の支払を受けると引換に、本件貸金債務の消滅により本件不動産につき工藤の訴訟承継人らに対し所有権移転登記手続をなすべき義務がある。」

2  したがつて、前訴控訴審における工藤の請求権は、その請求の趣旨及び原因によつて明らかなとおり、「債務の弁済猶予中の弁済の提供を理由とする所有権移転登記請求権」であることは明らかである。それ故、前訴の判決によつて確定された権利関係は、工藤は吉田に対し債務弁済猶予中の弁済の提供を理由とする所有権移転登記請求権を有しないことである。前訴の判決の既判力は右請求権の存否以外の権利関係には及ばない。

3  本訴の訴訟物は、請求の趣旨及び原因により明らかなとおり処分清算型譲渡担保における処分換価前の受戻権行使による所有権移転登記請求権である。

したがつて、前訴と本訴とはその請求権を異にし、訴訟物は同一でない。原判決の既判力に関する判断は誤りである。

二  原審における被控訴人の予備的抗弁に対して

1  受戻権消滅の抗弁について

清算的譲渡担保における受戻権は、担保権者が第三者に譲渡(換価)して清算しない限り、その性質上消滅しないのは当然であり、「確定的に自己に帰属させる意思表示」により消滅することはありえない。

2  受戻権消滅時効の抗弁について

清算的譲渡担保における担保権は、単に優先弁済を受ける権利にとどまり、それ以上の権利ではない。したがつて、受戻権が消滅時効にかからないのは当然である。

3  失効の原則の抗弁について

近代法には時効制度があり、それによつて権利を消滅させることが定められているから、それ以外に一般的に失効の原則を承認し、権利行使を制限することは許されないというべきである。

仮に、失効の原則を承認するとしても、それは信義則の一適用として承認されるにすぎないものであり、控訴人は終始権利関係を争つて権利を行使してきたのであり、本件には失効の原則は適用されないというべきである。

三  予備的請求原因

1  第一次主張

(一)  控訴人の清算金請求権

仮に本件不動産が被控訴人天野の所有に属するとしても、控訴人は清算金請求権を有する。

被控訴人天野は、本件不動産の所有権を得たとしても、本件不動産の客観的公正な時価を評価し、被控訴人天野の有した債権総額を超える部分につき、清算金として控訴人に返還しなければならない。しかるに、同被控訴人はいまだ清算義務を履行していない。

そこで、控訴人は本件不動産の客観的公正な時価と債権総額との差額の返還を請求する。

(二)  清算的譲渡担保における評価権の帰属

吉田もその相続人被控訴人天野も本件不動産の換価も評価もしていない。譲渡担保の目的物の換価又は評価の権利は債権者に属する。しかし、債権者が右権利を合理的期間内に行使しないときは、右評価する権利は債務者に移転すると解すべきである。したがつて、控訴人は本件不動産の評価をなしうる。

(三)  客観的に公正な価格を評価する時点

この時点は、債権者が換価または評価の権利の行使を怠つて、右評価の権利が債務者に移転した場合は、債務者が右権利を行使した時と解すべきである。

(四)  清算される債務の範囲

右債務の範囲は、債権者が目的不動産につき、換価又は評価をなしうる状態になつた時点での債務の範囲と解すべきである。本件において、吉田は、工藤から売渡証と同時に登記に必要な書類の交付を受けていたので、工藤が履行遅滞に陥れば直ちに換価又は評価をなしうる状態にあつた。履行遅滞と同時に清算しうる債務の範囲は、当初の債務二〇〇万円だけである。

(五)  甲第二一号証不動産鑑定評価書によれば、昭和五四年一〇月一七日当時の本件土地の客観的公正な時価は二億〇四七〇万円である。

したがつて、右金額から債権額二〇〇万円を差引いた二億〇二七〇万円は、現時点において被控訴人天野が控訴人に返還しなければならない清算金である。

(六)  よつて、控訴人は被控訴人天野に対し右内金五〇〇〇万円及びこれに対する訴変更申立書送達の翌日たる昭和五四年一二月一一日から完済まで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  第二次主張

(一)  控訴人は昭和四四年二月一七日本件不動産を譲渡担保とした被担保債権につき、元金一七六万円とこれに対する昭和三〇年五月一六日から同四四年二月一七日までの年一割五分の割合による遅延損害金との合計額五三九万三〇八三円を東京法務局に供託して債務の弁済をした。

(二)  したがつて、控訴人は本件土地の時価二億〇四七〇万円と右供託金との差額一億九九三〇万六九一七円の清算金請求権を有する。

(三)  よつて、控訴人は被控訴人天野に対し右内金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五四年一二月一一日から完済まで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  第三次主張

(一)  仮に右主張が認められないとしても、控訴人は元金一七六万円とこれに対する昭和三〇年五月一六日から同五四年一二月一〇日までの年一割五分の割合による遅延損害金六四八万七一六七円との合計額八二四万七一六七円の債務を負つていることになるが、本件土地を清算して弁済にあて、本件土地の時価との差額一億九六四五万二八三三円の清算金請求権を有する。

(二)  よつて、控訴人は被控訴人天野に対し右内金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五四年一二月一一日から完済まで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二 被控訴人らの主張

一  前訴判決の既判力について

控訴人は前訴と本訴とは訴訟物を異にすると主張する。しかし、控訴人は、前訴の予備的請求において、「二三〇万〇〇八三円と引換に本件土地の所有権移転登記手続」を求め、その請求原因として、第一に、清算型譲渡担保契約を前提として処分換価前に元利金と引換に所有権移転登記を請求すると主張し、第二に、代物弁済の予約があつたとしても、弁済期前に弁済の提供をしたから所有権移転登記請求権を有すると主張した。そして、本訴において、控訴人は右の第一の権利を主張しているのであり、これは前訴と訴訟物が同じである。

仮に所有権移転登記請求権の訴訟物は、譲渡担保や代物弁済予約といつた原因ごとに分かれるのではなく、かような事実は単に攻撃防禦方法にすぎず、前訴の予備的請求自体で一個の訴訟物であるとの説を採り、この立場で、控訴人が「弁済期前」の弁済を主張したのだとしても、控訴人主張の権利は、弁済期前であつても、また受戻権と名付けて弁済期後であつても、いずれの場合も本来の債務(元利金)の支払をして目的物を目的物を取戻す権利であつて、弁済期の前後によつて訴訟物を異にするものではない。本件において控訴人が債務を弁済して所有権移転登記を請求する権利は、条件付権利と同様に考えられ、いつその権利を行使するか、すなわち、いつ弁済して条件を成就させるかによつて実体法上の権利が区別されるものとは考えられない。

したがつて、控訴人の本訴請求は予備的請求と訴訟物が同一である。前訴において控訴人は元利金の弁済と引換に給付判決を求めているところ、これが否定されたのである。かような引換給付請求が否定されたということは、このような条件付権利の不存在そのものが確認されたということである。右の様な前訴確定後において、本件の様な実質的に同一事案を提起することは、信義則に反し、訴権の乱用として許されない。

二  予備的請求原因に対して

控訴人の主張事実はすべて争う。

三  本件土地の所有権の取得時効

1  被控訴人天野の先代吉田が本件土地につき確定的に自己の所有に帰属させる意思表示をしたのは、本件土地の所有権移転登記手続のための印鑑証明の交付を工藤に求めた時又はこれを受領した時、或いはそれにより所有権移転登記手続を完了した時である。

したがつて、代物弁済完結の日である昭和三〇年五月下旬ないし六月一四日、或いは所有権移転登記手続完了の日である同年七月四日以降、吉田は所有の意思をもつて本件土地の占有を開始した。

2  而して不忘工業株式会社、佐々木文郎、佐々木さと及び浅野敬志が本件土地上の旧建物(別紙目録(二)の建物)を不法占拠していたので、吉田は右四名を被告として昭和三七年一月一六日頃建物明渡の訴訟を仙台地方裁判所に提起した(同庁昭和三七年(ワ)第二〇号)。右訴訟係属中の昭和四二年四月二日吉田は死亡し、被控訴人天野が相続により本件不動産の所有権を取得し、右訴訟を受継した。

そして、昭和四四年一二月一三日までに、被控訴人天野と前記四名との間に示談が成立し、同被控訴人は建物の明渡を受けたが、同年一二月一六日、同被控訴人は有限会社吉田屋に右建物を売渡し、右会社は右建物を取毀し、別紙目録(三)の建物を建築した。

3  右訴訟(仙台地方裁判所昭和三七年(ワ)第二〇号)には、昭和三四年二月一二日死亡した工藤の相続人である工藤信治ほか四名(その内一人が本件控訴人である。)が当事者参加していた。

右訴訟の原告と被告らとの間には前記のとおり示談が成立し、訴訟は訴取下により終了したが、参加人との間でのみ訴訟は継続されていた。その後、参加人の訴訟代理人はすべて辞任し、結局、昭和四七年九月一七日右訴訟は訴取下によりすべて終了した。

4  以上のとおり、吉田及びその承継人被控訴人天野は、本件土地につき、昭和三〇年五月下旬ないし六月一四日、或いは同年七月四日以降所有の意思をもつて平穏公然に、善意で過失なく占有を継続してきたので、一〇年を経過した昭和四〇年五月下旬ないし六月一四日、或いは同年七月四日の経過により、時効により本件土地の所有権を取得した。

第三 被控訴人らの本件土地の取得時効の主張に対する控訴人の答弁

一  認否

被控訴人らの主張三の1の事実は否認する。

同2のうち、不忘工業株式会社ほか三名が旧建物及び本件土地を占有していたこと、吉田が被控訴人ら主張の訴訟を提起し、吉田が死亡し、被控訴人天野が右訴訟を受継したことは認め、不忘工業株式会社ほか三名が旧建物及び本件土地を不法占拠していたこと、被控訴人天野が「相続により本件不動産の所有権を取得し」たこと、同人が建物の明渡を受けたことは否認する。

被控訴人天野と右訴訟の被告らとの間に示談が成立したこと、被控訴人天野が有限会社吉田屋に旧建物を売渡し、吉田屋が旧建物を取毀し、新建物を建築したことは不知である。

同3のうち、示談成立の点は不知であり、参加人の訴訟代理人がすべて辞任したことは否認し、その余は認める。

同4の事実は否認する。

二  控訴人の主張

吉田も被控訴人天野も本件土地を占有したことは全くないし、工藤が本件土地及び建物の占有を吉田に引渡したこともない。

したがつて、被控訴人ら主張の取得時効は成立する余地がない。

仮に被控訴人天野の本件土地の占有があつたとしても、それは昭和四四年一二月六日の示談直後以降であり、本訴提起(昭和四五年四月二四日)までわずか五か月足らずであつて、取得時効は成立しない。

仮に吉田及び被控訴人天野の本件土地の占有が被控訴人ら主張のように開始されたとしても、右占有は悪意であり、少くとも過失があるから、取得時効の成立に二〇年を要するところ、本訴提起まで二〇年経過していないので、取得時効は成立しない。

控訴人は、先に昭和五五年二月一五日付準備書面(一枚目裏三行目ないし五行目)において、「本件不動産については、控訴人先代工藤が所有権移転手続に必要な書類を渡しているばかりでなく、本件不動産の明渡もしているのであり、」と主張したが、右主張(本件不動産の占有に対する自白)は真実に反しかつ錯誤に基づくものであるから、これを撤回する。

第四 被控訴人らの主張

控訴人の本件土地の占有に関する主張は否認し、自白の撤回に異議がある。

理由

一次の事実は当事者間に争いがない。

控訴人の亡父工藤は、本件不動産を所有していたが、昭和三〇年三月、被控訴人天野の被相続人亡吉田から二〇〇万円を弁済期同年五月一五日と定めて借受け、吉田のため本件不動産に極度額二〇〇万円の根抵当権を設定し、更に吉田に対し本件不動産の売渡証をも交付し、仙台法務局同年三月一五日受付で右根抵当権の設定登記手続を了した。

ところが、吉田は本件不動産につき仙台法務局同年七月四日受付で同年六月二九日売買を原因とする吉田への所有権移転登記手続を経由した。更に、被控訴人天野は、同法務局昭和四三年五月一日受付で、本件不動産につき、昭和四二年四月二日吉田死亡による相続を原因として所有権移転登記手続を経由した。

二前訴の内容と経過について、<証拠>によると、次の事実が認められ右認定に反する証拠はない。

1  工藤は昭和三〇年一一月二八日頃、吉田を被告として、仙台地方裁判所に本件不動産につき同人名義でなされた昭和三〇年七月四日受付の所有権移転登記の抹消登記手続を請求する訴を提起し(同裁判所昭和三〇年(ワ)第五四三号)、その請求原因として、吉田名義の右所有権移転登記は実体を欠き無効である、と主張した。

被告吉田は、「工藤は昭和三〇年三月一四日吉田に対し本件不動産に極度額二〇〇万円の根抵当権を設定し、その際、弁済期同年五月一五日に弁済しないときは、吉田は貸金の代物弁済として本件不動産を取得することができる旨の代物弁済の予約をなし、翌一五日根抵当権設定登記手続を了し、吉田は工藤に対し同月中に二〇〇万円を貸付けた。しかるに、工藤は弁済期を過ぎても債務の弁済をしないので、吉田は同年六月一四日頃工藤に対し代物弁済の予約完結の意思表示をし、よつて本件不動産の所有権を取得し、工藤主張の所有権移転登記手続を了した。」と主張した。

原告工藤は、根抵当権設定契約とその登記を認め、代物弁済の予約を否認し、更に、「仮りに代物弁済の予約があつたとして、本件不動産の時価は八〇〇万円を超えるから、代物弁済の予約は公序良俗に違反し無効である。吉田は工藤に対し昭和三〇年一一月末日まで弁済を猶予したから、吉田が代物弁済の予約完結の意思表示をしたという同年六月一四日当時未だ弁済期は到来していなかつた。工藤は同年一一月一四日吉田に対し債務の元利合計二三〇万円を弁済のため提供したが、吉田は受領を拒絶したので、工藤は履行遅滞の責を免れた。」と主張した。

第一審裁判所は、昭和三一年七月一六日、被告吉田主張の代物弁済の予約完結の事実を認め、原告工藤の公序良俗違反、弁済の猶予の主張をいずれも排斥し、請求棄却の判決をした。

2  工藤は控訴を提起し(仙台高等裁判所昭和三一年(ネ)第五二四号)、新たに、吉田に対し本件不動産を清算型譲渡担保として提供した旨主張し、予備的に、仮に代物弁済の予約があるとして、弁済期は昭和三〇年一一月末日まで猶予されたのであり、工藤は同月一四日吉田に対し元利金の弁済提供をしたところ、受領を拒絶されたので、工藤は履行遅滞の責任を免かれたと主張し、よつて、吉田は工藤から本件貸金の元利金二三〇万〇〇八三円の受領と引換に本件不動産の所有権移転登記手続をなすべき義務がある旨主張し、その旨の予備的請求を追加した。

工藤は昭和三四年二月一二日死亡し、本件控訴人ほか四名が訴訟を承継した。

控訴裁判所は、被控訴人吉田の主張する代物弁済の予約完結の事実を認定し、控訴人工藤及びその訴訟承継人の主張をすべて排斥し、昭和三五年一一月二一日、控訴棄却の判決をした。

3  右控訴人らは上告を申し立てたが(最高裁判所昭和三六年(オ)第三三九号)、昭和三六年一一月三〇日上告棄却の判決を受け、事件は確定した。

三控訴人は、前訴が上告棄却の判決により終了してから八年半近くたつて、昭和四五年四月二四日本訴を提起したが(この点は記録上明らかである。)、本訴において、前訴の確定判決において代物弁済の予約完結により本件不動産は吉田の所有に帰したと認定された事実関係について、再び本件不動産は処分清算型譲渡担保として吉田に提供されたものであると主張し、吉田及びその相続人たる被控訴人天野が本件不動産の換価又は評価をしないうちに、工藤の相続人たる控訴人が昭和四四年二月一七日債務の元利金五三九万三〇八三円を弁済供託して受戻権を行使したので、これにより本件不動産の所有権を取得したと主張して、(一)被控訴人らに対し本件土地の控訴人の所有権の確認、(二)被控訴人天野に対し本件土地の所有権移転登記手続、予備的に、清算金の支払、(三)被控訴人吉田に対し、旧建物(別紙目録(二))取毀し後に新築された新建物(別紙目録(三))の収去及び本件土地の明渡並びに右明渡までの賃料相当額の損害金の支払、をそれぞれ求めている。

四工藤は、前訴(その予備的請求)において、債務の弁済猶予期間内の弁済の提供を理由とし、債務元利金の支払と引換に本件不動産の所有権移転登記手続を求めたのに対し、控訴人は、本訴において、弁済期経過後、債権者の目的物件の換価又は評価の前、債務元利金を弁済供託して受戻権を行使したことを理由として、本件土地の所有権移転登記手続を求めているもので、その主張するところは、前訴と本訴とで異なるものがある。しかしながら、工藤と吉田との間の本件不動産に関する契約が清算型(処分清算型)譲渡担保であることを前提として、債務の元利金の支払を条件として(前訴では支払と引換に、本訴では既に弁済供託したとして)譲渡担保物件の取戻しを求める点では、前訴と本訴とは同一である。

判旨前訴において、吉田の代物弁済の予約完結の主張が認められ、工藤の清算型譲渡担保の主張が排斥されたこと前記二に判示したとおりであるから、本訴における請求が前訴の終了後における債務元利金の弁済供託による受戻権の行使を理由としていても、本訴は、前訴の確定判決により解決された事件を再び争うものであつて、実質的に同じ訴訟のむし返しにほかならない。判決により確定された法律関係は各当事者により尊重されなければならない。実質的同一訴訟のむし返しは確定判決により紛争の解決を得た当事者の法的安定を害するものであり、信義則に照らし許されないものといわなければならない。被控訴人天野に対する本件土地の所有権確認及び所有権移転登記手続の各請求はまさに前訴のむし返しであり、被控訴人吉田に対する各請求は前訴のむし返しを前提とするものであるから、いずれも信義則上許されないものである。

当審における予備的請求たる清算金請求について判断するに、<証拠>によれば、工藤及びその訴訟承継人は、前訴において、本件不動産の価格が債権額に比べて著しく高額であることを理由として、代物弁済は公序良俗に違反する、と主張したが、控訴裁判所は、昭和三〇年三月当時の本件不動産の時価は四八一万五二八八円であると認定して、代物弁済は公序良俗に違反しないと判断していること、が認められる。

かつて、いわゆる仮登記担保関係の最高裁判所の判例が出現する以前の実務においては、代物弁済又は譲渡担保等の目的物件と債権額との差額について清算金請求権なる考え方は存在せず、その物件の価格が債権額に比して著しく高額である場合に、その代物弁済等は公序良俗に違反するとして債務者を救済していたのであるが、前訴において、工藤及びその訴訟承継人はまさに公序良俗違反を主張し、そして、これが排斥されて、事件は終了したものである。そして前記認定のように、前訴の控訴審判決の言渡は昭和三五年一一月二一日であり、上告審判決の言渡は昭和三六年一一月三〇日である。ところが、この上告判決の後約六年たつて昭和四二年一一月一六日に、最高裁判所は仮登記担保に関する最初の判決を言渡し、こののち、これに関する判例が相次いで現われ、遂に昭和四九年一〇月二三日の大法廷となつた。

控訴人は、前訴の終了の後約八年半たつて、前訴のむし返しである本訴を提起したが、当審係属中の昭和五四年一二月一〇日に「訴の追加的変更の申立」を提出し、新たに予備的請求として清算金を請求した。しかし、後に至つて前記のように判例が変つたからといつて、前に終了した事件について、再び審理を求めることは、訴権の乱用として許されず、控訴人の清算金請求は失当として排斥を免れない。

五以上の理由により、控訴人の主たる請求も予備的請求も失当として棄却すべきであり、結局、原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(中島恒 石川良雄 宮村素之)

目録<省略>

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